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キーワード |
| 第七次遣唐船の航路,三野連,美努岡麻呂墓誌,森克己 |
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論文要旨 |
| 第七次遣唐船の航路について、万葉集巻一・六二の「三野連」の考察から北路(新羅道)説を論じる。本稿は、新羅との国交が悪化したため北路に危険を感じ、新路を開拓したとする森克己氏の南島路説を批判して、続日本紀の記事が南島航路の予備調査とは解せないことや両国の国交悪化を思わせるような事態のないこと、発航した頃は薩摩の叛乱が終息しておらず危険な南島路をとるとは考えられないことを述べる。そして、巻一・六二の西本願寺本の書入や「美努連岡麻呂墓誌」の記事により、三野連某は美努連岡麻呂であり、第七次遣唐船の一員であったこと、また、六二の「対馬の渡」より一行が壱岐・対馬を経て新羅道をとったことなどを考証している。"
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